自分支援機構

10年後には黒歴史

『新版 量子論の基礎』(サイエンス社)を読んだ

読んだきっかけ

 こんにちは、支援機構です。大学院に入って一カ月ほど経ち、少しは生活も落ち着いてきました。去年度はいろいろと忙しくてあまり勉強もできなかったのですが、今年度は少しは勉強しようということで、手始めに軽めの物理の本を読むことにしました。(注:この文章は5月上旬くらいに書いたもの(一部誤字を訂正)です。公開するのを忘れていました。
 そんなこんなで本棚から引っ張り出してきたのがこちら。
清水明著『新版 量子論の基礎』(サイエンス社、2003)

この本は私が最初に量子力学量子論)を勉強したときに読んだ思い出の本なのですが、最近どうも基礎的な部分が疎かになっているような気がしたので再読することにしました。この本では、高度な内容が含まれている章や節にはスペードマークがついていて飛ばして読んでも問題がないようになっているのですが、これを機にあとがきに書いてある「ある程度学年が上がったら、本書を再び取り出し、スペードマークの付いた項目を読むことを強く勧める」を実行しようというわけです。
 最初はサクッと読んで細かいことを思い出すに留めるつもりだったのですが、今読むとクリティカルな部分が数多く記述されていることに気づいて自分の成長を少し感じました。いやほんと、学部一年のころによくこれを読めたなという感じです。当時*1は難易度の高さに気づけないために逆に読めた気分になったのでしょう。

内容

 1章にはまず量子論を導入するモチベーションが書いてあります。ベルの不等式に触れているあたり著者の色が存分に出ています。ところで、1.2節でスピンについて触れられているのですが、3章に至るまで具体例や計算例の多くがスピンで与えられます。確かにスピンを使えば具体的な計算が2次元行列の演算で済むというメリットはあると思いますが、前書きに書いてあるような「まったくの初学者」にとってスピンは意味不明でよく知らない物理量だと思われます。このことによって3章の例や問題は初学者にあまりやさしくないものになっているとは感じました。スピン角運動量による磁気モーメントを具体例にすればよいとは思うのですが、J.J.Sakuraiの最初のほうに載ってるシュテルン・ゲルラッハの実験みたく露骨な状況設定をいちいち考えない限り、統計力学を適応してマクロな磁化を考えざるを得なくなるため難しいのでしょう*2
 2,3章には状況設定や用語の定義、そして量子論の基礎的な部分の解説が書いてあります。3章に書いてあるようなことを把握しておくことで量子力学の計算(特にブラケットを使うもの)で迷うことが圧倒的に減ります。初学者にとって一番の山場がこの3章で、決して式変形などが難しいわけではないのですが、具体的な物理的状況との対応が付かないまま抽象論をひたすら進めることになるので大変です。4,5章くらいまで進んだら少しは具体的になってくるのですが。あと、前書きには初学者にも複素数を含めた数学から説明したと書いてありますが、正直なところ線形代数の計算がおぼつかない人がこの本を読むのは極めて困難*3だと思います。
 4,5章には、古典的な状況からハミルトニアンを推測し、シュレディンガー方程式を立てて実際に解いてみるという具体的なことが書いてあります。5章には意外と様々な状況について書いてあって面白いです。普通の量子力学の本だと、前期量子論の話から入って最初のほうに書いてあるような内容なのですが、基本的な枠組みから導出していくという立場を取るとここまで紙面を食うんですね。
 6章には時間発展について書いてあります。量子系の時間発展って普段は時間依存する摂動論を考えるときくらいしか考えないので久しぶりによい復習になりました(小並感)。
 7章には場の量子論の入門的な内容が書いてあるようです。初見時は何も考えず読み飛ばしたので初めて読んだのですが、正直なところよくわかりませんでした(正直)。抽象的な枠組みについて書いてあると思うのですが、場の理論をほぼまともに勉強したことがないのでいまいちピンと来ませんでした。もし今後場の理論の本を勉強することがあったら、併せて読んでみたいと思います。がんばる。
 8章には、量子論が局所実在論を超えた枠組みであるということを、ベルの不等式の一つ(一種?)であるCHSH不等式で説明しています。「用語並べただけじゃねーか」という感じの感想ですが、実際そのレベルの理解です。そもそも、古典的な物理学が局所実在論に従った枠組みであるという事すら普段からあまり意識していないので、それを破る枠組みであると言われても実感が湧かないのです*4。決して数学的に困難な部分はありませんでしたが、著者のプッシュ具合に反して私にはすこしモチベーションに共感できませんでした。清水先生ごめんなさい。測定問題にかかわる理論的な基礎が気になったらまた読み直したいです*5
 9章には、一般に一般化座標とか正準変数と呼んでいるような「基本変数」による記述で、古典物理学量子論について再びまとめながら違いを強調しています。抽象的で一部わからない表現もありましたが、復習もかねて本書の内容の整理ができたと思います。

全体的な感想

 『量子論の基礎』は、量子論の様々な問題を考えたり計算を実行するにあたって注意しておくべき基礎*6の解説を、(かろうじて初心者でも読める程度に)易しく説明しているありがたい本です。正直なところ普段からこの本に書いてあるようなことを意識しながら量子力学の勉強をしているわけではないですが、たまに頭が混乱してよくわからなくなったときにこの本の内容に立ち返ると解決した、ということがよくあります。色々と人によってバラバラな解説が目立つ量子論に関しては抽象論から勉強しておくご利益が大きいです。ただし、「基礎」の説明に徹するあまり途中まで先の見えないブラケット地獄になっている点や、具体例の部分で実際の物理現象との対応したイメージのしやすい説明が少ない点が初心者に優しく(易しく)ない本です。理論屋ではないので踏み入った解説ができなくて申し訳ないですが、私を含め大多数の非理論屋さん*7にとっては、ある程度厳密な形で量子論が学べるので今後量子論に基づく進んだ分野の本を読む際に計算で迷わないための本だと思って読むのがよいのではないでしょうか。

この本を読もうとしている人へ

 いろいろと毀誉褒貶のある本なのでこういう節を設けておきます。私が思うに、量子力学初学者がいきなりこの本を読むのは可能ですが、少し大変でしょう。3章の長い基礎パートの重要性は具体的な計算の経験があるほうが格段にわかりやすので、シュレディンガー方程式から入って具体的な計算をするタイプの入門書を読んでから二冊目に読むのがおすすめです。井戸型ポテンシャルや調和振動子などの典型的な問題がちゃんと5章で扱われているのですが、必ずしも具体的な現実の状況とよく結びつくような書き方はされていません。また、行列とベクトル(線形代数)の計算がおぼつかない人がこの本を読むのはほぼ不可能だと思います。付録に簡単な解説は付いているし絶対に無理とは言いませんが、やめといた方がいいでしょう。

*1:その当時でさえ、難しい本だなあと思ってはいた

*2:この一文は適当に言っています。無視してください。

*3:量子力学初学者がこの本を読むより困難

*4:あと個人的に量子論が古典論との違いを一番はっきり示してくれる物理は磁性だと思っているので、測定の話をされてもフォローして理解はできるけれどちょっと実感が湧かなかった。

*5:昨今流行りの量子情報とかやりたくなったらワンチャン

*6:物理の立場で

*7:というかぶっちゃけると実験物理を先行する学生。