自分支援機構

10年後には黒歴史

運転免許(普通AT)取得体験記

 支援機構です。2019年の某月から年末にかけて自動車の運転免許を取得するために教習所に通っていたのですが、せっかくなのできっちり体験記にまとめておきたいと思います。特定されるのが怖いので具体的な期間やシステムなどについてはなるべくボカしていきます。

はじめに

 そもそも運転免許というものがどういうものなのか全然わかっていないのですが、一応Wikipediaの要約のような説明だけはしておきます。
 正直に告白しておきますが、私は教習所に通うのが人生で2回目です。実は学部3年生の頃に一度挑戦して挫折しています。もともと自動車に一切の興味はなかったし、免許を取得したとしても一生乗るつもりはなかったのですが、社会的なステータスや事実上の身分証明の一部になってしまっているという面倒な事情もあって一応取ろうとしたわけです。とりあえず適当に近所の教習所を見つけて両親にそこそこの金額を融通してもらい、当時はわりとウキウキで入校しました。しかしながら、私自身複数の行動を同時に行えない人間であることも相まってまともに自動車を運転することはできず、教官たちの言行が非常に粗野で暴力的であることもあってまともに通うことが出来ませんでした。最終的に心が折れて免許を取得することができず大金をドブに捨ててしまいました。あのときの教官の怒鳴り声と高圧的な態度を思い出すたびに嘔吐してしまったり動けなくなったりしますし、一年くらいバスやタクシーのようなエンジンのある乗り物に乗ることもできませんでした。免許を取得した今でもバスにすら乗りたくなくて数kmくらいは歩いたりします。
 そういう過去があったのでもう二度と教習所に通うつもりはなかったし、一生を自転車とともに生きる覚悟もしていました。しかし就活をしているときに、一般社会では免許を持っていないことについてかなり悪い印象を持たれるという雰囲気を感じ取ってしまいました。こんな難易度の高い資格がなぜ必携扱いなんだ。とりあえず仕方ないので免許の取得だけはしておこうかなと思いました。また、これは入学(入校)を終えてからわかったことですが、私が入社する予定の会社は驚くべきことにマイカー通勤の割合が多いらしいのです。個人的な興味はないのにインセンティブだけがモリモリ降り積もってくる悲しい現実に追い立てられて私はトラウマを押しのけて教習所に通ったのです。
 ここからはおおよそ時系列順に体験記を語っていきます。なるべくリアリティのある文章をお届けできるように本当にリアルタイムで日記を書いていった(ここまでの前書きは最後に付けた)のでいろいろと見苦しい点はあるかとは思いますが、一人のオタクが一般人の集まる学校において孤軍奮闘した貴重な体験記だと思って我慢して読んでください。

入校

 手続きに関して特に言うべきこともないのですが、まあそこそこの大金を支払って入校しました。両親の経済力です。もう卒業まで時間がないし絶対に失敗できないと思うと吐き気がしますが、もう後がないので耐えて取るしかない。免許状の取得にあたって普通の免許を取るかAT限定を取るかは非常に悩んだのですが、知り合いによるとそもそもこのご時世にMTの車を入手することがそれほど容易ではないということなので素直にATにしました*1。後から限定解除なるものもできるそうなので、運転にハマってしまったら考えましょう。
 とにかくガイダンス的なものも恙なくおわり、あとは通い詰めて所定の単位を取得して試験に受かるだけです。みんな取ってるんだから大丈夫のはず。大丈夫のはず。

第一段階(所内)

 そういうわけで、まずは教習所内部のコースで運転の練習をしていくわけです。スケジュールの都合から、最初の一週間はほぼ講義を受けるだけの生活でした。夕方くらいまで大学で研究を行い、夜に教習所で授業を受け、そして大学に戻って深夜まで研究を行うのです。あまり良い評判を聞かないし教習所の授業に基本的に一切期待はしていなかったのですが、正直なところ良さと悪さがどちらも多数あって平均すると無という感じでした。良かった点としては、道路交通法の分かりにくい点やややこしい点などをある程度整理して教えてくれる方がいたことや、ドライバーあるいは教員としての長い経験に基づく説明をしてくれたことなどがあります。道路交通法を遵守した運転を行うことがいかに安全につながるかということを実感を持って教えてくれることが多かったように思います。悪かった点としては、授業の段取りが下手くそな人が多かったことや、とりあえず線を引けとしか言わなかった人が多かったことなどがあります。同じ授業を何十回もやっているくせに全然時間配分ができていなかったり、「大事な部分」にマーキングしろというわりにはその「大事な部分」が全体の8割近くに及んでいたりして正気を疑いました。まあ多少文句もありましたが、座学の講義自体はわりと恙なく受けていくことができました。
 一方、実際の運転の練習は散々でした。私は、いくら準備をしても緊張すればするほど正しい手続きの順序や確認すべき事項が抜けてしまうタイプの人間です。自分でもこんなに真面目に勉強することはめったにないと考えられるレベルで技能教本の手順を完全に暗記して運転に臨みました。そして私は、運転席に座ると手順がすべて真っ白になりました。そこで「最初はどうするって言ったの?」などと言われるといっそうパニックに陥ってしまい、私は「すみません」「ごめんなさい」「最初は何でしたっけ」などと繰り返すことしかできなくなってしまいました。正直なところ、このあたりの記憶はあまり確かなものではありません。それでも一応強い恐怖と緊張に苛まれながら何度かの技能教習を潜り抜け、ある程度頭の中に冷静さを残した状態で教習に挑めるようになりました。
 なんとかなるなと思った矢先でした。数回目の教習は一回目と同じ教官でした。私は、初回の講習時に受けた詰問の様子を思い出してしまい、当時の緊張と恐怖がフラッシュバックしてしまい、再び、覚えていたはずの、慣れてきたはずの、手順や操作の感覚を全て失ってしまいました。完全に真っ白になってしまい、手順を複数すっ飛ばした挙句私は右車線を走りました。教官はあきれた様子で、「出発の手順くらい覚えておかないと何もできないよ」とか、「日本は左車線なんだよ。知ってる?」というようなことを言われた気がします。その日から3週間ほど、私は教習所に行くことができませんでした。
 時間によってかろうじて最低限心の傷を癒すことができたので、とにかく再び頑張って教習を受けることにしました。心を無にして、感情によって傷つくことがないようにして通いました。途中実験が忙しくなったり学会で忙しくなったりして一週間空いたりしつつもなんとか学科も実技も所定のカリキュラムを終え、仮免許を取得する段階になりました。ぶっちゃけこのころにはある程度運転にも慣れてきて大きなミスをすることもありませんでした。学科の方の勉強も面倒なだけで難易度は高くないので、まあ大したアクシデントもなく普通に終わりました。心理的で圧迫的な行きづらさが緩和されてしまった時点で免許取得はもう確実になったものとこの時は思いました。

第二段階(主に所外)

 仮免許を取得したので、隣に教員を乗せていれば公道を走ることができます。実のところ第一段階の後半ではさして運転が難しいと感じることがなく、まあこの調子なら第二段階もなんとかなるだろうと思っていました。しかしながら、公道での運転は全てが異なっていました。周囲の人間の動きのすべてが不規則でわからない。道路の真ん中を走る自転車、急に出てくる子供、方向指示器も出さずに速度を落とし急に曲がる自動車。いつ私が事故を起こすかわからない。いつ自分が殺人者になってしまうかわからない。隣に教官を乗せていなければ、おそらく私は何度も人間を殺していたことでしょう。複数のことに気を遣いながら運転をするということが致命的に出来ない。おそらく私は教習所を卒業し、正しく免許を取得することができるでしょう。それは間違いない。しかしながら、卒業後、隣に教官を乗せずに運転をしていたとして事故を起こさずにいられるでしょうか。自分が死ぬのはまだよいとして、私は他人を殺してしまうかもしれない。ある日横断歩道を渡る自転車に気付かずにひき殺しそうになってしまったことがトラウマになってしまい、そこから3か月以上にわたって教習所に通うことができなくなっていました(修論も忙しかったし)。
 私はここにきて選択を迫られました。すなわち、免許は取得するが一生車にのらないことにするのか、あるいは免許の取得そのものを諦めるのかです。たいへん悩みました。私がこれから出ていく一般社会において、自動車の免許が取れないということはつまり人間として扱われないということです。あまりこういう偏見じみたことは言いたくないですが、私の就職先は田舎です。そうした風潮がなおさら強いでしょう。私は自己保身のために、殺人ライセンスを取得するという選択を取らざるを得ませんでした。こんにちは、人殺しです。
 決心してしまえば特に支障はありません。ぶっちゃけこの段階まで来たら大して免許の取得で苦労することはないわけです。つつがなく学科・実技のカリキュラムを修了し、免許センターで免許を取得しました。はい終わり!免許も取れたことだしこれでもう一生車の運転をしなくてすむな!!やったぜ!!!!

さいごに

 すでに免許を取得して何か月か経過していますが、正直に申し上げてこれほど身分証として便利なカードは未だかつて取得したことがありませんでした。本当に便利です。別に取得していることが罪というわけではないのだから、私が自分自身の心に一生運転しないという誓いを刻み続けている限り問題がないわけです。俺は一生殺人マシーンには乗らないからな!他の視覚だったら免状なり合格証書みたいなものをスキャンしてアップロードしてもよいのですが、運転免許に関してはどこに情報があってどこまで隠すべきなのか正直自信が持てない部分も多いのでやめておきます。長い記事を読んでくださってありがとうございました。じゃ。

*1:※この部分を書いた当初は一度教習所をリタイアしているのを隠すつもりだったので誤魔化していますが、要するに一回MTで挫折したからATにするわけです。支援機構くんは心が弱いので。